「82分の1」が独り歩きしないようにクアトロテストにひとこと言わせてください。

妊娠中のプロゴルファーの東尾さんがクアトロテストでのダウン症の確率を公開しました。

この件については色々な意見があると思います。
「知る権利」「知らない権利」「産むか産まないの選択の権利」など権利意識の問題。
社会的な障害児出生に伴う社会保障コストの削減、そしてそれがナチスの優生思想にも通じるリスク...
けっして軽い問題ではありません。
それぞれの倫理観、価値観、家族観、宗教観のある中での意見が出てきますから
どれが正しいというわけではありません。


この検査については名前は知られていても中身はどういうものかはあまり知られていません。
簡単に説明すると、
クアトロテストは母体血の血液中の4つの成分(AFP、hCG、uE3、Inhibin A)を測定して、
あくまで母体を経由した間接的な数値をもとに確率を出します。
方程式があるので母親の年齢が高かったり、
前回ダウン症の出産既往があると確率が高くなるように設定されています。
だた、この方程式はデータが集まればそれを再解析してオッズを変えることで
より正確にすることが出来ます。
つまり、サイコロの目のような確率ではなく(いかさまサイコロは別です)、人為的な確率だということを知っておかねばなりません。
まあ、統計というのも人為的なものですから年齢から出るダウン症の確率でも同じことが言えます。
ですから年齢だけから確率を考えるのは危険ですからこの検査の存在意義はあります。

よくこの検査で安心を得たいと思って受ける方もいますが、
この検査ではあくまで確率しかわかりません。
つまり1/1000という確率がわかっても
1なのか残りの999なのかはわからないのです。
ですからこの検査ではとうてい安心は得られません。
もちろん、年齢で出た確率が1/100ならそれよりは低くなっていますから
相対的な安心感はあるかもしれません。

また人間は自分は大丈夫という「正常の偏見」という変な自信があることがあります。
それが災害時の命を落とす要因でもあります。
クアトロテストに関しても同様でどこかに自分は大丈夫と思う気持ちがあり、
とりあえず受けてみたら陽性と判断され慌ててしまうケースも見られます。

ましてや先天異常は1%(遺伝学専門からみればもっと多く4から5%)に起こります。
その中のダウン症のような大きな染色体異常は先天異常の中の1割です。
残りの90%の先天異常は感知できないのです。
そういった点からも安心は得られないということがわかると思います。

またすでに次世代の検査として母体血液中の胎児DNAで診断する方法も出てきていますからいずれは消失する検査になると思います。

さて、クアトロテストを受けて陽性に出ても確定診断には羊水検査が必要です。
この検査を受ける、受けないという選択があります。
羊水検査は羊水中の胎児の細胞を培養して分裂したところでみられる染色体をいくつか採取してマッピングして染色体そのものを判断する検査です。

これで確定診断がほぼつきます。
この検査で性別もわかりますし、性染色体異常もわかります。
これらは告知しないかもしくは、日本での人工妊娠中絶が禁止されている22週以降の告知というのが一般的です。

私達はクアトロテストや羊水検査を特定の先天異常を淘汰するという目的では行っていません。
あくまでお母さんの選択肢を広げるといった意味があります。
選択肢が広がるということは考えるという時間が必要になります。

また、これらの検査を受けたことがマタニティー・ブルーやネグレクトに通じることがあります。
これはたとえ確率が低かった、正常の染色体だった上で、産まれた子供も正常であっても
今度は自分の子供を試したという後ろめたさが起こること(意識がなくても潜在的に残っていることもある)があるからです。

そういうことを考えると、
妊娠してから考えるのではなく、妊娠する前から正しい情報のもとに自分なりの考えを持っておくべきだと思います。
あくまでその主体は「母」にあります。
夫をはじめとした周囲の声には惑わされないでください。
そういった声に流されて自分は受けたくなかった羊水検査を受け、
その結果羊水検査で流産が起こり、結果が正常の染色体だったケースでは、
今度は手のひらを返したように周囲が母親を責めるといった事もあります。
夫は周囲から守ってくれる味方にはなってくれませんでした。
ひどい夫と思うかもしれません。
でも残念ながら夫に同情は出来ても、母の心をわかってあげることは出来ないのです。

クアトロテストで出るのは確率と言う数字ですが、
その意味は「とてつもなく重い」ということを知っておいて欲しいと思います。

それからダウン症(21トリソミー)についてもお話ししておきます。

ダウン症は軽度から中等度の精神発達遅滞を伴うことが多く、発育遅延として低身長があります。
心臓病・消化管奇形などの先天異常を合併する場合があり、
免疫能が弱く易感染性が見られることがあります。
そのため以前は寿命が短いと言われたこともありますが、
医療や社会保障の向上で寿命も確実に伸びています。

自立して生活なさる方も多くいます。4年生の大学に入る方もいますし、また素晴らしい才能を持っている方もいます。
これはその一例です。

http://noritake777.jp/kanazawa/shouko-index.html

もう一つ、染色体が正常であることが順調な心身の発育・発達を保証するものではありません。
それが証拠に世の中で起こる汚職や犯罪は、
23XYもしくは23XXの染色体をもつ人間が起こしていることもお忘れなく。

この記事はクリニックブログ・スタッフブログにもエントリーしました。

by booska1958 | 2012-06-10 08:57 | ワイズレディスクリニック | Comments(2)

Commented by 品川区総合病院 産婦人科医K at 2012-06-10 10:37 x
こんにちは

イケメンの会でお世話になっていますKです。
先生のご意見に全く同感です。
"正常の偏見"や検査の進歩がもたらす様々な弊害など…

これらの問題を克服するのは、やはり知識や情報だと思います。
女性の健康を考える上で、20歳前後女性の知識共有の重要性を痛感しています。
最近話題の風疹抗体検査も本来は妊娠前に調べておきたいですよね。
Commented by booska1958 at 2012-06-10 12:08
K先生、コメントありがとうございます!!元氣ですか?
同意いただきありがとうございます。
このブログではあまりこういう内容の事は書きたくないのですが、
外来でも結構聞かれて、答えているとあっという間に30分が過ぎ、外来が滞っています。
遺伝関係の仕事をした経緯もあるので端くれとしてひとこと言わせていただきました。
先生がおっしゃる風疹もそうですが、やはり個人的にいくら発言しても広がらないというジレンマはありますが、言い続けるしかないですね。
出来たら医会などがマタニティ雑誌などに意見広告するといいのですが...
おぎゃあ献金などもそういうことに使えないのかなぁなんて末端下位会員の独り言です(^_^;)
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